田舎暮らし二年目





私が会社を辞める決断が出来たのは40歳という年齢の節目があったからダ。

18年間務めてきた会社を辞めるのは簡単な決断ではありません。

それこそ「小さな子供が二人もありながらよく会社を辞められるね〜」と随分周りから言われたものでした。

それは、当然ながらに経済的に不安定になるかもしれないというリスクを誰もが予測出来るからだと思います。



私が40歳の時には、二つの選択がありました。

一つは、あと20年間、今までと変わらず同じ会社で勤めあげるのか。

もう一つは、あと20年間、夢にいだいてきたキャンプ場での暮らしを取るのか・・・である。



私にとって、この選択にとても大切だったキーワードがいくつかありました。



その一つは、「一度きりの人生である」ということだ。


私の一生において、もう取り戻せない40年が既に過ぎてしまっていたこと。

そして、これから20年後には60歳という年齢であるということ。


皆さん、今現時点で自分の60歳という年齢が想像つきますか。


私は、どんな健康状態だろう〜

どんな体力だろう〜

どれほどの気力を持っているのだろうか〜


節目の40歳の時には、想像付きませんでした。

46となった今でもです。


大切なのは、これからの20年どう充実した人生を送るかということでした。

今、これから、自分の納得いく毎日を送れているかということです。

今、明日が楽しみに思えているかどうかだと思うんです。


これって、理想だったり、私のテーマなんです。

子供にもそんな毎日であればいいな〜って思っています。

「今日は楽しいことあったかい・・・」っていつも聞くのが日課のようになっています。



「経済的な安定」よりも、夢を追い続け楽しいと感じる「心の安定」を求めた脱サラ。


キャンプ場を作る。

キャンプ場で暮らしを立てる。

そんな夢と現実に経済的な安定を望めない現実です。

現に一年目の年収は20万円だったし。


でもね、豊かでしたよ。

キャンプ場から戻ると、自宅玄関に野菜がドット置いてあったり、

家族で山菜、キノコ、釣りをしに出掛けてはヤマメ、ニジマスが食卓に並びましたからね〜

今までには無い経験を家族中で味わうことが出来たんですから・・・

そりやぁ〜楽しいです。



二年目、キャンプサイトの半分に焚き火の炉が出来上がりました。

まだまだ少ないキャンパーさんでしたが、夏、秋と少しずつ来て頂けるようになってきたんです。

まだまだ知られていないキャンプ場なのに・・・・

これってどうしてだろう・・・って思いました。



そうです、昨年、その春に来て下さったリピーターさんです。

そして、口コミも増えて来たようです。

これほど嬉しいことはありません。


キャンプ場に複数のランタンの灯りがともることに涙したこともありました。

好きな事をして生きているよな〜って実感した瞬間です。


仲良くなったキャンパーさんが沢山出来てきました。

再会を喜びあえるキャンパーさんも増えてきました。

いい人生だよな〜と思えた瞬間です。


そんな実感を味わえた二年目、

手元に残せたお金は約200万円近くとなっていました。


そんな二年目も家内との約束の年収300万円は残念ながら果たされませんでした。


でも実はこの時、ひそかに来年はいけるような気がしていました。

リピーターさんが来てくれると思ったからです。

更に、いよいよキャンプ場ガイドブックにも名を載せて頂けるようになるからでした。



そして更に翌年には、全てのキャンプサイトに焚き火の炉を作り上げました。


私の思いが届くことを願いながら、毎日、キャンプ場作りを楽しんでいました。




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